平島正登

平島 正登(ひらしま まさと、1936年11月12日[1] - )は、福岡県出身の元ラグビー選手。元ラグビー日本代表選手。主なポジションはスタンドオフ(SO)[2][3]

来歴

福岡県出身。中学時代からラグビーを始め、1955年福岡県立修猷館高等学校[4]を経て、1959年慶應義塾大学法学部政治学科を卒業。慶大在学中はラグビー部に所属し、「オール慶應」メンバーにも選ばれている[2]

1959年横河電機製作所(現・横河電機)に入社。同社ラグビー部に所属し、同年にラグビー日本代表メンバーに選出され[2]、同年9月27日に花園ラグビー場で開催された、オックスフォード・ケンブリッジ大学連合第1回来日第6戦に出場した[5]

横河電機において、1981年青梅工場長、1984年人事部長、1987年情報システム部門長を歴任し、1990年横河パイオニックス専務取締役、1992年ツーリストプラザ・ヨコガワ代表取締役社長に就任する[1]

社会人ラグビー現役引退後は、40歳以上の参加者で構成するラグビークラブである「不惑倶楽部」に参加し、2003年から2009年まで理事長を務めている[6]

脚注

  1. ^ a b 『人事興信録第39版』(興信データ、1997年) ひ-61頁
  2. ^ a b c Forbes[日本版]1996年2月号 164-165頁 「私のスポーツライフ ラグビー 平島正登」(ぎょうせい、1996年)
  3. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム キャッププレーヤー選手プロフィール
  4. ^ 『修猷館同窓会名簿 修猷館235年記念』同窓会員129頁
  5. ^ 日本ラグビーフットボール協会デジタルミュージアム テストNo.20 オックスフォード・ケンブリッジ大学連合第1回来日第6戦
  6. ^ 不惑倶楽部年表
日本の旗 歴代ラグビー日本代表キャップ保持者【BK:10-15篇:255名】
1930年代 (19名)
1950年代 (27名)
  • 柴垣復生
  • 青木良昭
  • 小山昭一郎
  • 大塚卓夫
  • 横岩玄平
  • 佐藤英彦
  • 松岡晴夫
  • 今村隆一
  • 渡部昭彦
  • 上坂桂造
  • 佐々木敏郎
  • 麻生純三
  • 堀博俊
  • 近藤功
  • 寺西博
  • 宮井国夫
  • 新井茂裕
  • 高岡晃一
  • 榎本力雄
  • 青井達也
  • 谷口隆三
  • 日比野弘
  • 北岡進
  • 原田輝美
  • 平島正登
  • 石井堅司
  • 松岡要三
1960年代 (11名)
1970年代 (25名)
1980年代 (28名)
1990年代 (30名)
2000年代 (56名)
2010年代 (45名)
2020年代 (14名)
  • プロップ
  • フッカー
  • FWフロントロー以外
  • スクラムハーフ
  • BK9番以外
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