新生児の奇蹟

『新生児の奇蹟』
イタリア語: Miracolo del neonato
英語: The Miracle of the Newborn Child
作者ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
製作年1511年
種類フレスコ画
寸法340 cm × 355 cm (130 in × 140 in)
所蔵スクオーラ・デル・サント(英語版)パドヴァ

新生児の奇蹟』(しんせいじのきせき、: Miracolo del neotato: The Miracle of the Newborn Child)は、イタリアルネサンスヴェネツィア派の巨匠ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1511年に制作したフレスコ画で、パドヴァ守護聖人聖アントニオの起こした奇蹟を主題としている[1][2][3]。記録に登場するティツィアーノの最初の作品であり、また数少ない彼のフレスコ画の1つである[1][2]。ティツィアーノはジョルジョーネに協力して制作したドイツ人商館(英語版)のフレスコ装飾で一躍名声を得たが、本作は彼に初めて単独で注文された大規模な仕事であった[1][2]。この絵画は、画家がパドヴァのスクオーラ・デル・サント(英語版)で描いた3点のフレスコ画のうちの1点である[1][2][3]

背景

ティツィアーノ『若者の足の傷を癒す聖者(イタリア語版)
ティツィアーノ『嫉妬した夫にあやめられた女とその蘇生(英語版)

1510年12月1日にスクオーラ・デル・サント (聖アントニオ同心会) の会計簿に初めてティツィアーノの名が現れるが、ここでの3点のフレスコ画制作に着手したのは翌年の1511年4月23日で、同年12月2日に最後の支払いを受けている[1][2]。3点のうち最大の本作[1][2]が最初に仕上げられ、続いて『若者の足の傷を癒す聖者(イタリア語版)』、最後に『嫉妬した夫にあやめられた女とその蘇生(英語版)』が描かれた[1]。なお、本作が最後に完成されたとする意見もある[2]

作品

主題はパドヴァの聖アントニオの起こした奇蹟である。夫 (右側の黒い服の男) から不義を疑われた妻 (その右) が聖アントニオ (中央) によって奇蹟的に口を利く力を与えられた新生児の証言により疑いを解かれるという物語が描かれている[1][2][3]

画面は中央にある壁の縁の垂直線によって左右に2分割され、左側に壁龕と古代彫刻のある建築物、右側には明るい風景がある[1][2]。画面はまた、前景の人物像の頭部により水平に2分割されている (少し早い時代のジェンティーレ・ベッリーニヴィットーレ・カルパッチョの物語画を想起させる)[2]。すなわち、この絵画はほぼ等面積の4区画に分割された構図を持っている[2]

画面上方左側には、古代ローマの皇帝像 (ラヴェンナアウグストゥス浮彫アンコーナ凱旋門トラヤヌス像をモデルにしたとする説もある[1]) があるが、こういう肖像エルヴィン・パノフスキーがいうように、ローマ帝国のあらゆる法廷に置かれていた[2]。この皇帝像を置くことによって、ティツィアーノは本作の基本となるテーマを確立している[2]。すなわち、古代の異教徒の支配者と中世キリスト教聖人アントニオという2つの異なる世界の人物が示されており、皇帝像はその右上の十字架と対比されて、異教世界がキリスト教の真実に屈したことが暗示されている[1][2]

描かれている人物のタイプは、当世風なことや服装がジョルジョーネ風の世界を追憶させる[2]。しかし、ティツィアーノの人物像は、ジョルジョーネにはないリアリティと動作の機敏さ、雄弁な視線の交差を示しており、人体のフォルムはある種の幾何学的な単純さによって引き締まったものとなっている[1]。人物群はやや半円形をなして並んでいるが、それぞれの人物はポーズや身振り、向きなどの違いによって特徴づけられている[2]

ティツィアーノはスクオーラ・デル・サントのフレスコ画において、同じパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂ジョット・ディ・ボンドーネが描いたフレスコ画に感化されている[1][2]。ジョットの影響はティツィアーノのフレスコ画に見られる劇的な説話性や単純明快で凝縮された人体のフォルムに見て取れるが、それはまた画家の柔軟きわまりない吸収力の証でもある[1]

本作には、劇的演出の雄弁さ、人物像のリアリティ、明暗と色面の有機的な調和、筆触の流動性とスピード感 (特に背景の描写に著しく見られる) などティツィアーノ芸術の本質をなすあらゆる要素がすでに出そろっている[1]

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之 1984年、82-83頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q デーヴィッド・ローザンド 1978年、72頁。
  3. ^ a b c “The Miracle of the Newborn Child”. Web Gallery of Artサイト (英語). 2023年12月2日閲覧。

参考文献

  • 前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9 ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
  • デーヴィッド・ローザンド 久保尋二訳『世界の巨匠シリーズ ティツィアーノ』、美術出版社、1978年刊行 ISBN 4-568-16046-4

外部リンク

  • Web Gallery of Artサイト、ティツィアーノ『新生児の奇蹟』 (英語)
世俗画
肖像画
宗教画
  • 聖母子とパドヴァの聖アントニウス、聖ロクス』(1508年頃)
  • 『十字架を担うキリスト』(1510年頃)
  • 聖家族と羊飼い』(1510年頃)
  • 『新生児の奇蹟』(1511年)
  • ジプシーの聖母』(1511年頃)
  • 『キリストの洗礼』(1511年-1512年頃)
  • 『大天使ラファエルとトビアス』(1512年-1514年頃)
  • 『ノリ・メ・タンゲレ』(1514年頃)
  • サクランボの聖母』(1515年)
  • 『貢の銭』(1516年)
  • 聖母子と聖ドロテア、聖ゲオルギウス』(1516年–1518年頃)
  • 『聖母被昇天』(1516年–1518年頃)
  • 『受胎告知(トレヴィーゾ大聖堂)』(1520年頃)
  • 『キリストの埋葬(ルーヴル美術館)』(1520年頃)
  • アヴェロルディ家の祭壇画』(1520年–1522年)
  • ペーザロ家の祭壇画』(1519年–1526年頃)
  • 聖母子と聖カテリナと羊飼い』(1530年頃)
  • 『アルドブランディーニの聖母』(1532年頃)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(パラティーナ美術館)』(1533年頃)
  • 『受胎告知(サン・ロッコ大同信会)』(1535年頃)
  • 『聖母の神殿奉献』(1534年-1538年頃)
  • シャッラの聖母』(1540年年頃)
  • 『洗礼者聖ヨハネ』(1540年-1542年頃)
  • 『荊冠のキリスト(ルーヴル美術館)』(1542年-1543年)
  • 『この人を見よ(ウィーン)』(1543年)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(カポディモンテ美術館)』(1550年頃)
  • 『アダムとイヴ』(1550年頃)
  • 『ラ・グロリア(聖三位一体の礼拝)』(1551年-1554年)
  • 『聖ラウレンティウスの殉教』(1548年-1559年頃)
  • 『キリストの埋葬(プラド美術館)』(1559年)
  • 『ゲツセマネの祈り』(1558年-1562年頃)
  • 『受胎告知(サン・サルバドール教会)』(1559年-1564年頃)
  • アルベルティーニの聖母』(1560年–1565年頃)
  • 『悔悛するマグダラのマリア(エルミタージュ美術館)』(1565年頃)
  • 『聖マルガリタ』(1565年頃)
  • 『祝福するキリスト』(1570年頃)
  • 『荊冠のキリスト(ミュンヘン)』(1570年頃)
  • 『聖セバスティアヌス』(1570年-1572年)
  • スペインによって救済される宗教』(1572年-1575年)
  • 『ピエタ』(1575年-1576年)
関連項目
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