シャーガー

シャーガー
現役期間 1980年 - 1981年
欧字表記 Shergar
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1978年3月3日
死没 不明(1983年2月8日誘拐)
Great Nephew
Sharmeen
母の父 Val de Loir
生国 アイルランドの旗 アイルランド
生産者 H.H.Aga Khan
馬主 H.H.Aga Khan
調教師 Michael Stoutte(イギリス)
競走成績
生涯成績 8戦6勝
獲得賞金 412,103ポンド
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シャーガー(欧字名:Shergar1978年 - 不明)は、アイルランド生まれの競走馬種牡馬

エプソムダービーを史上最大の着差となる10馬身で圧勝。インターナショナルクラシフィケーション140ポンド。種牡馬となったのち1983年誘拐され行方不明となった。

この馬を描いた同名の映画『Shergar』がある。所有馬の競走馬名の由来が分からないことで知られるアーガー・ハーン4世の持ち馬で、この馬の場合も競走馬名の由来は不明である。

生涯

競走生活

2歳時(1980年)

シャーガーは1978年にアーガー・ハーン4世が所有する牧場で生まれた。2歳になるとイギリスの調教師マイケル・スタウトのもとへ預けられ調教を受けた。1980年9月にニューベリー競馬場で行われたクリスプレートに出走。デビュー戦を勝利で飾った。翌10月にG1フューチュリティステークスに出走。ベルデイルフラッターから2馬身半差の2着に敗れた。2戦1勝でシーズンを終えたシャーガーに対する評価はヨーロッパ全体の競走馬を対象とした2歳フリーハンデで31位、ブックメーカーが年末に作成したダービーステークスの単勝オッズが34倍とさほど高いものではなかった。

3歳時(1981年)

1981年、陣営は2000ギニーには出走せず目標をダービーステークス一本に絞った。4月のクラシックトライアルで10馬身、5月のチェスターヴァーズで12馬身差の着差をつけて優勝し、単勝オッズ1番人気(1.9倍)で6月3日のダービーステークスに出走した。シャーガーは好位からレースを進め直線入り口で先頭に立つと、そのまま優勝。2着馬につけた着差は、公式の記録に残されるようになって以来ダービーステークス史上最大となる10馬身であった。騎乗していたウォルター・スウィンバーンはレース後「あんな大差が付いてるとはちっとも気づかなかったよ。」というコメントを残している。6月27日にはアイリッシュダービーを勝ち、イギリス・アイルランド両国のダービーを勝った史上7頭目の競走馬となった。翌7月25日にはキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを優勝した。

キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス優勝後、陣営はセントレジャーステークス出走を表明した。この当時ダービーステークス優勝馬がセントレジャーに出走することはめずらしくなっており、この発表は競馬関係者を驚かせた。陣営は凱旋門賞のステップレースとしてセントレジャーステークスを選んだのだと説明した。シャーガーは単勝1.4倍の1番人気に支持されたがレース終盤に伸びを欠き、4着に敗れた。レース後陣営は凱旋門賞出走を取り消しシャーガーを引退させると発表した。シャーガーはこの年のイギリス年度代表馬に選出された。

引退後

種牡馬となりバリメニー牧場で繋養される

競走馬を引退したシャーガーはアーガー・ハーン4世がアイルランドで経営するバリメニー牧場で種牡馬となった。キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス出走前にすでに総額1000万アイルランド・ポンド(約43億円、1株25万アイルランド・ポンド×40株)のシンジケートが組まれていた。

1982年の春には44頭の牝馬と交配され、翌年28頭の仔馬が生まれている。初年度の産駒は28頭で、そのうちの一頭アウザールアイリッシュセントレジャーで優勝、シャーガー産駒の代表格となった。このほかには、1000ギニー2着・オークス3着の成績を残した牝馬メイスーンらを出している。産駒の総収得賞金は28万4426ポンドであった。

誘拐事件

1983年の繁殖シーズンが始まる直前の2月8日夜9時ごろ、覆面をつけた男6人がバリーメニー牧場に侵入し、牧場長を銃で脅してシャーガーを誘拐する事件が起こった。その翌日、犯人グループから200万ポンド(約7億円超)の身代金を要求する電話があり、シンジケート側がこれを拒否すると、以後の連絡は途絶え、シャーガーの行方は完全に不明になった。アーガー・ハーン4世に恨みを持つ者の犯行説や、アメリカに連れ去られたなどさまざまな説が流れたが、結局真相は解明されなかった。1984年1月、アイルランドの警察は事件はアイルランド共和軍 (IRA) によるもので、シャーガーは誘拐後間もなく殺害された模様との見解を発表した。なお1983年11月、イギリスの保険会社はシャーガーのシンジケート株の所有者に対し総額700万ポンドの保険金を支払っている。

産駒のなかではアウザールが最も活躍したが、種牡馬入り後すぐに日本に輸出されてしまったため、父系は途絶えた。ただし現在でもイラン・イスラム共和国で存続している可能性がある。

1999年、グッドウッド競馬場にてシャーガーの名を冠した騎手招待競走シャーガーカップが創設された。現在は8月のアスコット競馬場において開催され、ヨーロッパおよび世界各地から有名騎手が招待される大イベントとして認知されるに至っている。

エイプリルフール

シャーガー消失から8年後の1991年、イギリス新聞ザ・サンの1面に「シャーガーは生きていた。去勢されているが元気であり、7月のキングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスに出走予定」との記事が掲載された。結局これはエイプリルフールジョークだったが、このネタは以後エイプリルフールの定番ネタとなり、毎年その時期になると英国各地でシャーガーが発見されるようになった。

さらに、シャーガーの死亡証言や遺体と思しきものも頻繁に見つけられている。1992年、サンデータイム紙は別件で逮捕されたIRA暫定派のメンバーからの証言として、IRA暫定派が資金確保のため誘拐し、シャーガーが暴れたためすぐ射殺されたとの証言が得られたと報じている。また1996年には同じくサンデータイムから、北アイルランドのダンゴール州でシャーガーの遺体らしき骨が発見されたという報道があった(のちにエイプリルフールのジョークと判明する)。2000年にはバリーメニー牧場から160キロメートル離れた山中で、2つの弾痕がある馬の頭部が袋に入れられた状態で発見され、シャーガーのものではないかと騒ぎになった。獣医師によりシャーガーから採取されていた2本の毛髪、およびシャーガー産駒とのDNA鑑定が進められたが、そのDNAは一致せず、さらに2歳ごろの仔馬の骨であることが判明し、これもまたシャーガーとは無関係であったことがわかった。

映画化

シャーガーの誘拐事件をもとにした映画も存在する。1999年にアメリカのハリウッドで作られた映画『シャーガー(Shergar、デニス・ルイストン監督作品)』がそれであり、シャーガーが同馬を大切にしていた一人の少年によって助け出される流れの話となっている。

競走成績

出走日 競走名 着順 距離 タイム 着差 騎手 1着(2着)馬
1980. 9.19 クリスプレート   1着 T8F 1.39.7 2 1/2身 L.ピゴット (Chief Sparkler)
10.25 フューチュリティS G1 2着 T8F 2 1/2身 L.ピゴット Beldale Flutter
1981. 4.25 クラシックトライアル G3 1着 T10F 2.09.35 10身 W.スウィンバーン (Kirtling)
5. 5 チェスターヴァーズ G3 1着 T12F65Y 2.40.47 12身 W.スウィンバーン (Sunley Builds)
6. 3 ダービーS G1 1着 T12F 2.44.21 10身 W.スウィンバーン (Glint of Gold)
6.27 愛ダービー G1 1着 T12F 2.32.7 4身 L.ピゴット (Cut Above)
7.25 キングジョージVI&QES G1 1着 T12F 2.35.40 4身 W.スウィンバーン (Madam Gay)
9.12 セントレジャーS G1 4着 T14F127Y 11身 W.スウィンバーン Cut Above

血統

ファミリーラインを溯ると、7代母にアーガー・ハーン4世の祖父アーガー・ハーン3世の所有馬ムムタズマハルがいる。

血統表

シャーガー血統フェアウェイ系 / Nearco4×5=9.4%、Fairway-Pharos3×5=15.6%) (血統表の出典)

Great Nephew
1963 鹿毛
父の父
Honeyway
1941 黒鹿毛
Fairway Phalaris
Scapa Flow
Honey Buzzard Papyrus
Lady Peregrine
父の母
Sybil's Niece
1951 栗毛
Admiral's Walk Hyperion
Tabaris
Sybil's Sister Nearco
Sister Sarah

Sharmeen
1972 鹿毛
Val de Loir
1959 鹿毛
Vieux Manoir Brantome
Vielle Maison
Vali Sunny Boy
Her Slipper
母の母
Nasreen
1964 鹿毛
Charlottesville Prince Chevalier
Noorani
Ginetta Tulyar
Diableretta F-No.9


近親馬

  • 半弟 - シェルナザール

参考文献

  • 原田俊治『新・世界の名馬』サラブレッド血統センター、1993年。ISBN 4-87900-032-9。 

外部リンク

  • 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ、Racing Post
イギリスの旗 タイムフォーム年度代表馬
   

1960年 シャーロッツヴィル・フロリバンダ
1961年 モルヴェド
1962年 マッチ
1963年 エクスビュリ
1964年 レルコ
1965年 シーバード
1966年 ダンスール
1967年 ペティンゴ
1968年 ヴェイグリーノーブル
1969年 レヴモス
1970年 ニジンスキー
1971年 ブリガディアジェラードミルリーフ
1972年 ブリガディアジェラード
1973年 アパラチー・ラインゴールド
1974年 アレフランス
1975年 グランディ
1976年 ユース
1977年 アレッジド
1978年 アレッジド
1979年 トロイ

1980年 ムーアスタイル
1981年 シャーガー
1982年 アルドロス
1983年 ハビブティ
1984年 プロヴィデオ
1985年 ペブルス
1986年 ダンシングブレーヴ
1987年 リファレンスポイント
1988年 ウォーニング
1989年 ジルザル
1990年 デイジュール
1991年 ジェネラス
1992年 セントジョヴァイト
1993年 オペラハウス
1994年 セルティックスウィング
1995年 ラムタラ
1996年 マークオブエスティーム
1997年 パントレセレブル
1998年 インティカブ
1999年 デイラミ

2000年 ドバイミレニアム
2001年 サキー
2002年 ロックオブジブラルタル
2003年 ファルブラヴ
2004年 ドワイエン
2005年 ハリケーンラン
2006年 ジョージワシントン
2007年 マンデュロ
2008年 ザルカヴァ
2009年 シーザスターズ
2010年 ハービンジャー
2011年 フランケル
2012年 フランケル
2013年 トレヴ
2014年 キングマン
2015年 ゴールデンホーン
2016年 アルマンゾル
2017年 エネイブル
2018年 ロアリングライオン
2019年 ピナトゥボ

凡例 - ₩ = 三冠馬 ♥ = 牝馬
   

01回(1951年) イギリスの旗 シュプリームコート
02回(1952年) イギリスの旗 タルヤー
03回(1953年) イギリスの旗 ピンザ
04回(1954年) イギリスの旗 オリオール
05回(1955年) フランスの旗 ヴィミー
06回(1956年) イタリアの旗 リボー
07回(1957年) フランスの旗 モンタヴァル
08回(1958年) アイルランドの旗 バリーモス
09回(1959年) イギリスの旗 アルサイド
第10回(1960年) イギリスの旗 アグレッサー
第11回(1961年) フランスの旗 ライトロイヤル
第12回(1962年) フランスの旗 マッチ
第13回(1963年) アイルランドの旗 ラグーサ
第14回(1964年) フランスの旗 ナスラム
第15回(1965年) アイルランドの旗 メドウコート
第16回(1966年) イギリスの旗 アーントエディス
第17回(1967年) イギリスの旗 バステッド
第18回(1968年) イギリスの旗 ロイヤルパレス
第19回(1969年) イギリスの旗 パークトップ
第20回(1970年) アイルランドの旗 ニジンスキー
第21回(1971年) イギリスの旗 ミルリーフ
第22回(1972年) イギリスの旗 ブリガディアジェラード
第23回(1973年) フランスの旗 ダリア
第24回(1974年) フランスの旗 ダリア
第25回(1975年) イギリスの旗 グランディ

第26回(1976年) イギリスの旗 ポウニーズ
第27回(1977年) アイルランドの旗 ザミンストレル
第28回(1978年) イギリスの旗 イルドブルボン
第29回(1979年) イギリスの旗 トロイ
第30回(1980年) イギリスの旗 エラマナムー
第31回(1981年) イギリスの旗 シャーガー
第32回(1982年) イギリスの旗 カラグロウ
第33回(1983年) アイルランドの旗 タイムチャーター
第34回(1984年) イギリスの旗 ティーノーソ
第35回(1985年) イギリスの旗 ペトスキ
第36回(1986年) イギリスの旗 ダンシングブレーヴ
第37回(1987年) イギリスの旗 リファレンスポイント
第38回(1988年) イギリスの旗 ムトト
第39回(1989年) イギリスの旗 ナシュワン
第40回(1990年) イギリスの旗 ベルメッツ
第41回(1991年) イギリスの旗 ジェネラス
第42回(1992年) フランスの旗 セントジョヴァイト
第43回(1993年) イギリスの旗 オペラハウス
第44回(1994年) イギリスの旗 キングスシアター
第45回(1995年) アラブ首長国連邦の旗 ラムタラ
第46回(1996年) イギリスの旗 ペンタイア
第47回(1997年) アラブ首長国連邦の旗 スウェイン
第48回(1998年) アラブ首長国連邦の旗 スウェイン
第49回(1999年) アラブ首長国連邦の旗 デイラミ
第50回(2000年) フランスの旗 モンジュー

第51回(2001年) アイルランドの旗 ガリレオ
第52回(2002年) イギリスの旗 ゴーラン
第53回(2003年) アイルランドの旗 アラムシャー
第54回(2004年) アラブ首長国連邦の旗 ドワイエン
第55回(2005年) アイルランドの旗 アザムール
第56回(2006年) フランスの旗 ハリケーンラン
第57回(2007年) アイルランドの旗 ディラントーマス
第58回(2008年) アイルランドの旗 デュークオブマーマレード
第59回(2009年) イギリスの旗 コンデュイット
第60回(2010年) イギリスの旗 ハービンジャー
第61回(2011年) イギリスの旗 ナサニエル
第62回(2012年) ドイツの旗 デインドリーム
第63回(2013年) ドイツの旗 ノヴェリスト
第64回(2014年) イギリスの旗 タグルーダ
第65回(2015年) イギリスの旗 ポストポンド
第66回(2016年) アイルランドの旗 ハイランドリール
第67回(2017年) イギリスの旗 エネイブル
第68回(2018年) イギリスの旗 ポエッツワード
第69回(2019年) イギリスの旗 エネイブル
第70回(2020年) イギリスの旗 エネイブル
第71回(2021年) イギリスの旗 アダイヤー
第72回(2022年) イギリスの旗 パイルドライヴァー
第73回(2023年) イギリスの旗 フクム

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